Dialog in the Dark
昨日、仕事を終えてから外苑前で開催中の「ダイア
ログ・イン・ザ・ダーク」へ行ってきました。
昨年参加した知人から話を聞いて、行きたくてたま
らなかったこのDID。
今年は長期開催ということもあって、手に入りづら
いと言われていたチケットも無事に購入することが
できました。
私が体験してきたことを事細かに書いてしまうと、
これから体験する人にネタバレになってしまうので
あんまり詳しく話せないことが「うぅぅっ」って苦しくて
足をバタバタしたくなるほど、語りたくってしょうがない気持ちです。
なんかねー、いろいろな今まで自分で考えてたり、思いこんできたことが、
覆されたりもしたし…、上手く言葉じゃ説明できないんだけれど、うーん。
アタマじゃないところでたくさん気づかかされたり、発見したことがあったりで
とてもとても暗闇が愛おしくなる体験だったなぁと。
まず、明るいところからカーテンをくぐって初めて真の真っ暗闇に入った時の
恐怖。目をこらしてみても、目をずーっと開けていても、そのうち目が慣れて
何かが見えてくる、なんてことはなくずっとずっと何も見えない。自分の手も
周囲の人も、壁も足元も、持ってる白い杖も、とにかく何も見えなくて。
そんな中、さっきまで赤の他人同士だった8人で巡る1時間半の暗闇ツアー。
アテンド役の方(暗闇のエキスパート=視覚障害者の方)のなんと頼もしい
こと。「もしかして、この人ってば実は見えてるんじゃないのか?」って思って
しまうほど暗闇の中を縦横無尽に行動できるんですよね。尊敬します。
そんなアテンドさんの声を頼りに、私達8人は協力しながら橋を渡り、草の匂
いをかぎ、しゃがんで小川の水に触れ、果ては暗闇のBarで一杯ひっかけた
りもするのでした。
見えなくなることの不安とひきかえに、人の身体に触れることの安心感とか、
声をかけあう楽しさとか、他人に助けられたり助けたりすることの大切さとか。
何よりも、視覚以外の他のすべての感覚が、時間が経過していけばいくほど
どんどんと敏感になって、拡がっていくことの面白さ!
なんていうのかなぁ。
最初は、足をたった5センチ前に出すのも怖くて、自分の身体がその5センチ
よりも小さいような感覚なんですよね。それが物が見えないことで、見えない
から見た目で判断できない分、匂いとか、空気が肌にさわる感じとか、聞こえ
てくる音とかで、物事を見た目じゃないもの、自分なりにアタマで描きながら
とらえるようになると、だんだん3次元とは別次元での可動域っていうのかなぁ、
うーーーん、上手く言えないんだけど、全方向にぐわっと拡がっていくような…、
そんなふうになっていく気がしたんですよね。
視覚障害の方々のことを今までとても気の毒だと思っていたけれど、(もちろん
健常者の私から比べれば、不便だったりすることはとても多いのだろうけれど)
誤解を恐れずに言えば、思っているよりも、ずっと彼らの暗闇の世界は奥が深く
自由で楽しい、何よりも視覚にしばられない空間で、見えないことの辛さよりも
見えてることの何十倍も楽しめるものがあるのかもしれないと思うほどでした。
1時間半の体験が終わりに近づいて、アテンドさんに、
「そろそろ明るい世界に皆さんは帰りますので、僕とはここでお別れです」
と告げられた時、私たちのグループの中のひとりの男性がぽつりと、
「このままここにいたいな。明るくなるのが寂しい」
って言うのを聞いて、私たち他の7人も
「本当に…。この暗闇が名残惜しいよね」って笑いあったりして。
会場を出て、見慣れた夜の青山を歩いて帰る。
なんかとっても不思議。匂いとか音とか、うるさ~い(笑)んだよね。
自分の家がある駅のホーム。ついつい点字ブロックの上を歩いてしまう。
「まっすぐ、まっすぐ。ここでストーップ。ここから先へは行かない…だね」
なんて確認しながら、改札の外まで出てみました。
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